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ここまでの経緯を改めて振り返る B

2007年9月2日
市民球場の活用策について、市の選考委員会は「最優秀案の該当なし」とし、二つの案を優秀案として市に報告した。地元商店街は集客力に懸念を表明し、すんなりと最終案が導き出される情勢にはない。広島復興の歩みを刻んできた都心の一大空間を、未来に向けどう生かせばよいのか。拙速は避け、議論を尽くすべきときではないか。案への反響を考え合わせると、性急との印象は免れない。


最終報告の時期は当初予定より約1年遅れたものの、広島大跡地の問題に比べ格段に早いペースで進んでいる。もともと、現在地での球場建て替えを求めていた地元財界や商店街。市が打ち出した東広島駅貨物ヤード跡地への移転容認と引き換えに、跡地活用策の早期具体化という条件を盛り込んだからだ。


年間100万人近くを動員している現球場。移転決定の折、都心部の空洞化を防ぐために、跡地には年間150人以上の集客機能を待たせるという方針が、今となって重くのしかかる。


「集客性が望めない最悪のプランが残った。最優秀案がなかったことが、不十分であることの証拠」と市中央部商店街振興組合連合会の望月利昭理事長(65)は不満をあらわにする。「いっそのこと最終決定を先延ばしにするべきだ」とも。市に跡地活用策の早期決定を求め過ぎた、との思いもあるという。今後は、広島商工会議所などと歩調を合わせて市へ要望を続け、市議へのアピールも視野に入れている。


市民はどう考えているのか。中国新聞の「広場」欄に8月末までに寄せられた投書は数十通を超える。「アニメミュージアムなどの観光施設に」、「原爆ドームを元の姿に復元して世界の産業奨励館に」、「ゼロ歳児から預けられる保育施設を」、「県立図書館を」、「市民農園に」、「国際平和機関を集めた超高層建築物を」とさまざまだ。


それに加え、経済界には劇場やオフィスビルなど集客力を重視したプランへの思いが強く、市は平和を祈る場や公園などを志向する。このように意見が多様であることが、方向性決定の難しさを象徴している。多様性は、決め手を欠くことの裏返しでもある。方向性を決める上で、考慮すべきポイントを整理してみよう。筆頭に挙げたいのは、中長期的な視点の大切さである。


広島大地域経済システム研究センター長の伊藤敏安教授(52)は「目先の集客ではなく、20〜30年先を見据えた活用を考えること。高齢社会の到来を念頭にした空間づくりを」と指摘する。都市計画家の松波龍一さん(60)は「市民球場は、復興にかける市民の50年分の思い出が詰まった場所。いらないから壊すといった考えではなく、今後の半世紀以上、市民が夢を持ち続けられるような活用を」と求める。


新球場完成は09年春。跡地活用を実行に移すのはそれからである。当初は活用策の早期実現を求めていた中心部の商店街関係者も、いいものをつくるなら検討にさらに時間を費やすことに異議はなさそうだ。将来のための熟慮ならば、市民の多くもその選択を受け入れるだろう。市民ぐるみの議論を尽くし、工事着手の時期は「球場移転後のできるだけ早い時期」ぐらいに設定してもよいのではないか。そうなると、「広場」に届いていた意見「球場として残してリトルリーグや高校野球、社会人野球やコンサートなどに利用する」も、正式決定までの暫定案として現実味を帯びてくる。


「平和記念公園の延長にすぎない」。安佐南区の小売業昿野洋一さん(44)は、集客力や収益性の観点から、市の選考委員会が優秀案とした二案に批判的だ。市民球場を取り壊さず、「人材育成とビジネスにつながる音楽のテーマパーク」にする構想を提案する。


市民球場で成功したさだまさしさんや奥田民生さんのコンサートや、広島出身のミュージシャンの多さを念頭に置いたという。昿野さんは「市民球場は広島の復興の歴史を物語る重要な施設。せめて、最善の案が決まるまでの『つなぎ』としてでも残してほしい」と訴える。


市が前提としている都市公園法の枠内での用途はスポーツ施設や動植物園、野外劇場などに限られる。また、市民球場周辺は原爆ドーム周辺の景観保全を目的に市が目指している建物の「高さ制限」の対象になることから、施設の高さなどの形状も限定されそうだ。


読者の提言には「展望フロアがある高層ビル」=南区の主婦(64)=や、「保育所や有料老人ホーム」=安佐北区の主婦(67)=など、現在、市が示している枠組みでは実現が難しいものもある。しかし、いずれも市民球場が都心の一等地にあるメリットを生かしてほしいとの発想だ。


建物を建てたりせず、災害時の避難場所としての公園利用を推す声もあった。その一方で、平和記念公園近くに住む主婦(58)からは「夜は大人でも公園内を通りにくい雰囲気がある。もし公園にするなら管理棟を置いて常時、警備してほしい」と、安全面への要望が届いた。


跡地利用策について、市の取り組みの性急さを指摘する意見もあった。佐伯区の会社員古池周文さん(40)は「市民や事業者からの提案募集期間(2005年11月〜06年1月)が短すぎた。その後に周辺部の『高さ制限』など新たな条件が持ち上がった」と話す。


跡地利用の発想は、市が新球場構想を現在地での建て替えから、現在のJR東広島駅貨物ヤード跡地への建設に転換した05年夏に浮上した。提案募集までの半年足らずで、都市公園法による利用条件などの制約なども含め、跡地利用策について市民にどこまで共通意識が浸透できたのかと、疑問を呈する。


広島のシンボルである市民球場。その跡地利用には多くの市民の期待がかかる。古池さんは「市はこれまでの議論を整理した条件を明確に示し、再び市民提案に道を開いてほしい」と求める。


あるメールも「これまで興味を持って積極的に跡地問題を考えてこなかったが、優秀案の二案を見て、失礼ながら今後の先行きに不安しか感じられない」として「プロの案で決まらなかった今、もう一度、市民から案を募集してはどうだろうか」と提案している。

掲載日 : 2008年11月29日