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ここまでの経緯を改めて振り返る @

AFH事務局です。

現在、我々は「地域を活性化させるプロジェクト」の一つとして、「市民球場跡地に民意を反映させ、広島を元気にしよう」と活動しております。

そこで改めて、「広島のみならず世界的にも大事な場所の活用方法」を決めるにあたり、なぜ慌しく「2009年度着手なのか?」「これまでの経緯は?」

この辺りを、地元新聞「2006年6月23日」の記事を皮切りに、振り返って参りたいと思います。




市民球場の跡地活用について、一連の作業を振り返ってみる。市は昨年11月から今年1月まで活用提案を公募した。3月に検討会議を設置し、提出された案を審査する作業をしながら、新たな都市機能導入など整備の方向性や理念を決めた。本来ならまず方向性を定め、次に提案を募るのが順当な手法だろう。


なぜ、こうなったのか。市は昨年夏、新球場の建設地をJR東広島駅貨物ヤード跡地に決めた。「現在地で建て替えではなかったのか」との批判に合わせて、地元経済界を中心に、現球場をどうするかという声が強まった。市は跡地利用の早急な検討を約束せざるを得ず、十分な準備なく作業は始まった。


さらに、さまざまな疑問が浮かぶ。第一は、本年度に計画を決め、2年間で準備、2009年度着手という事業日程だ。都市圏の将来を左右する重大プロジェクトで、百年の大計と考えるのなら、腰を据えて取り組んでもいいはずだ。09年度着手に固執する必要は見あたらず、段階的整備を視野に入れてもいい。


年間150万人の集客目標も、にぎわい創出を求める地元経済界へのメッセージにはなっても、唐突な感じを否めない。集客力は活況を測る目安にはなっても、事業の成否の物差しではない。


2005年12月17日
広島市は市民球場の跡地利用策について、市内の各種団体を招き、「提案、意見を聴く会」を開いた。原爆ドームの前身である県産業奨励館の復元など多様なアイデアが寄せられる一方で、「戦後復興を象徴する施設を壊すべきでない」との声もあった。



市スポーツ協会の長谷川順・副会長は「収容二万五千人程度のサッカー専用球場とし、サンフレッチェ広島の本拠にしたい」と力を込めた。 他に、「総合的な福祉センターなど」(市社会福祉協議会)、「野球やスポーツ王国広島の歴史博物館」(県体育協会)などの意見やカープファンでつくる「カープと市民球場はみんなの宝物」の倉本須美子代表は「現球場に思い入れがある人たちのために形は残して他用途に使ってほしい」と訴えた。


提案内容は多岐にわたったが、出席者は「広島らしい活用法が必要」との考えでほぼ一致。市は、こうした意見、民間事業者と市民の提案、専門家の助言を参考に本年度中に方向性を取りまとめると約束した。


2006年6月23日
市民球場の跡地活用の取り組みが、ようやく一歩進んだ。有識者の検討会議は、整備構想「候補」に絞った民間事業者の提案11件を市に報告した。しかし、抜きんでた案はなく、委員は「相当磨きをかける必要がある」と指摘。どんな方向で整備するのか定めないまま提案を募ったための必然的な結果でもあった。11件の提案者には詳細プランの提出が近く求められるが、市が明確なビジョンを示さない限り、レベルアップは難しい。


各提案に目を通してみる。水族館や、音楽ホール、平和祈念堂など内容は多様で、苦心の跡や夢もうかがえる。一方で、多くの欠点も目につく。


例えば音楽ホール。存廃の岐路に立つ広島郵便貯金ホールや広島厚生年金会館の扱いが決まっていない中、その検討抜きで議論は進まない。このほか、公園に建設できそうにない施設や、世界遺産の原爆ドームの景観を損ないかねないプランもある。公金は投入しないと明言している市の資金をあて込んだ案もあった。検討会議のある委員は「市の方針が分からないまま、手探りで想を練った感じだ」という。

掲載日 : 2008年11月29日