ALL FOR HIROSHIMAプロジェクト No.001 『広島市民球場を... > カープOB・支援者の皆様からの声援

カープOB・支援者の皆様からの声援

※コメントを頂戴した順に掲載しております。新着が最上段です。

水沼四郎さん (広島東洋カープOB)
メッセージ

私は、昭和44年から昭和57年までの約14年間、広島カープの一員として市民球場でプレーしました。
現役時代は、お陰様で3度のリーグ優勝。うち「2度の日本一」に輝く事ができ、親から授かった丈夫な身体、チームメイト。そして何より、熱狂的なカープ・ファンに恵まれた事に心から感謝しています。

そんな、私を育ててくれ、またカープや市民と共に生きて来た市民球場が、まだ充分に使用できるにもかかわらず、無情にも解体されようとしている現実に、私は激しい憤りを覚えます。「広島の歴史」「そこに住む人々の歴史」でもある市民球場を、今、解体しなければならない必要性が何処にあるのでしょうか。
カープが新球場に移っても、少年野球で、高校野球で、社会人野球でも使用する事が出来る。
また、「存続」の方向を模索するのであれば、サンフレッチェがサッカー場として再活用して、街の中心部から、引き続きスポーツを通じて街を元気にする事も出来るのです。

私の現役生活の中で、人生の中で、今でも一番想い出に残っているのは、チームと街、人々が一つになって成し遂げた、あの「カープ初優勝」。
市民球場を解体すれば、あの感動と幸福感を「再び生み出す可能性」まで解体されてしまいます。

市民球場を残し、再活用。スポーツを通じて夢や希望を発進する。
そうする事が、1番、市民・県民に喜ばれると、私は確信しています。
そんな私の希望をつないでくれる「ALL FOR HIROSHIMA」の活動に、私は全面的に賛同します。

高橋慶彦さん (広島東洋カープOB・現千葉ロッテマリーンズコーチ)
メッセージ

とにかく僕は「人間」が好き。
そして、人間にとって一番大切なものは「人」だと思います。

僕にとって広島市民球場は「自分を表現する“舞台”」でした。舞台は「人が動く場所」。人が「自分を表現する場所」だと思います。
確かに“舞台”は人によってまちまちです。
でもその「舞台」は、努力をしてきちんと技術を身につけた人だけが立つことができる“場所”ではないでしょうか。

技術をつけるためには、「人とどう接するか」、そして「人とどう付き合うか」が大切です。
僕は古葉(竹識)さん、山本一義さんなどにしごかれてここまで来ました。
広島市民球場は、僕を表現する場であったと同時に、成長の場でもありました。
古葉さんや山本一義さんという「人」と出会ったから、この「舞台」に立つことができたのです。

広島は原爆で大きな傷を負い、長い間人間が住むことができないと言われながらも、ここまで素晴らしい復興を遂げました。
その復興に貢献したのもやっぱり「人」です。
また広島市民球場ができたときも、そして今回新しい球場ができたときも、樽募金などでたくさんのお金が集まりました。その原動力も「人」です。
そして広島市民球場でカープが歴史を刻むことができたのも、 選手や監督、スタッフ、そしてなによりもファンという「人」がいたからです。
人が舞台をつくり、そして支え、さらにその舞台で人が動いて自分を表現する…
いろんな「人」があの場所で出会い、接していたからこそ 広島市民球場で数々の感動が生まれたんだと思います。

広島市民球場は僕と同い年。52年の歴史と感動を重ねてきました。
その歴史と感動を広島の人たちに大切にしてもらいたい。
「温故知新」という言葉がありますが、その歴史を大切にしないと広島の「未来」はやってこないと思います。
「モノ」では人の心を動かすことは絶対にできないでしょう。
願わくば、広島市民球場で僕たち選手のプレイによって感動してくださった人たちが「これが昔カープが試合をしていた市民球場だよ」と子供や孫に話すときに小さな子供たちがすぐに「球場」だとわかるような具体的な建物が残っているような場所であってほしいなと思います。
僕は「ALL FOR HIROSHIMA」の趣旨に賛同します。

木下富雄さん (広島東洋カープOB・野球解説者)
メッセージ

広島カープが育った場所、そして私が成長した(旧)広島市民球場がなくなってしまうかもしれないというニュースを聞いて、とてもさびしく思っていました。
あそこでプレイし、数々の思い出がある市民球場…当然残ってくれた方がうれしいに決まっています。

カープがいなくなったとしても高校野球の予選などの試合をする場所が必要です。
また社会人の選手やチームがゲームをする球場も必要です。
もともとあの場所は、スポーツで広島の発展に寄与し、平和を発信する場所でした。
そういう意味では、わざわざ解体して広場やまったく関係のない施設を作ろうとする広島市の計画には反対です。

そういう想いを持っていた時に、「ALL FOR HIROSHIMA」のアイディアを伺いました。
確かに野球とサッカーは違います。
でも、スポーツを通して広島を活性化させること、そしてあの場所で平和を訴えていくという目的は変わりません。
私が協力できることはなんでもしたいと思っています。